染色体異常(均衡型相互転座)による習慣流産夫婦に対する受精卵の着床前診断について
一般に、自然妊娠の10〜15%が自然流産となり、この中には次回も流産を繰り返す方が約10%近くいると言われています。3回以上繰り返す流産を「習慣流産」と呼んでいます。この習慣流産の原因には様々なものがありますが、父親あるいは母親の染色体異常が原因となる場合が5〜6%あると言われています。当然、これらの方々も、自然妊娠で生児を得る可能性を持っておられます。
染色体異常の中でも染色体の一部が入れ替わっている「均衡型相互転座」と呼ばれるものがあります。この染色体異常は、染色体の中に含まれる遺伝子情報はまったく正常であるため、外見上、健康上は染色体に異常がない方と全く変わりはありません。
一般的に、精子、または卵子が作られる時には染色体が半分になります。このとき、正常な染色体を持つ精子または卵子が受精すると、問題なく妊娠し、子供を授かることができます。しかし、転座がある染色体のどちらか一方だけを持つ精子または卵子が受精すると、その受精卵は染色体の一部を欠いている状態(不均衡型)となり、正常な発育ができなくなって、その結果、流産となります。また、転座がある染色体同士を持つ精子または卵子が受精すると、生まれてくる子供は親と同じ均衡型相互転座保因者となり、将来、習慣流産の原因となります。
転座がある染色体の転座部分の大きさや染色体の番号によっては、不均衡型となる確率が平均値より高くなる場合があり、流産を繰り返す頻度が上昇し、自然妊娠で生児が得られる可能性は、かなり低くなることがあります。
均衡型相互転座における着床前診断とは、父親あるいは母親の有する染色体異常について受精卵(胚)の染色体の検査を行い、正常もしくは均衡型の胚を子宮に戻すことによって、次回、妊娠時の流産の危険を軽減する目的で実施するものです。何度も流産を繰り返すご夫婦にとっては福音となるものと考えます。
1.体外受精の必要
着床前診断を行うためには、複数の受精卵(胚)を必要とするため、体外受精・胚移植の治療を受けていただく必要があります。
2.受精卵の診断
精子と卵子を体外にて受精させ、2〜3日の培養によって、4〜8個に細胞分裂した受精卵より、1〜2個の細胞(割球)を取りだして(胚生検)、その染色体を検査します。
2-1.割球採取
4〜8細胞期の胚から1〜2個の割球を取り出します。顕微授精と同様の方法で胚を固定し、卵の外側にある透明帯と呼ばれる殻に穴を開け、その穴より狙った割球を胚の外へ押し出します。技術は完成しており、ほぼ100%安全に迅速に割球を取り出すことが可能です。残った胚に対してもダメージはほとんどなく、その後培養を続け、胚盤胞に到達する率はほとんど下がりません。
2-2.FISH診断
転座した2組の染色体の数をFISH染色後、観察します。正常の場合は、染色体のシグナルが2個ずつ決められていますが、1個少なかったり、1個多い場合は、不均衡型転座と診断します。本当の正常型と均衡型転座はこのFISH法では区別がつきません。
3.移植
検査により正常型あるいは均衡型と診断された受精卵1〜3個を子宮内に移植します。
4.再確認のための検査
妊娠後、染色体の正常性を再確認する方法として、絨毛検査および羊水検査がありますが、この検査を受けるか否かはご夫婦の判断にゆだねられます。(他の染色体異常の発生率が高くなるという報告もありますが、一般的には自然妊娠で転座の発生する異常率と差はないと考えます。)
5.副作用
体外受精・胚移植を行う場合、排卵誘発剤を用いて複数個の卵胞(卵子の入った袋)を同時に発育させた状態で採卵を行いますので、採卵後の出血、感染などの後遺症がごく稀に認められることもあります。体質によっては卵巣過剰刺激症候群を起こす可能性もあります。
6.妊娠率
一般に、体外受精・胚移植による妊娠率は平均約30%で、流産率は約16%です。健常夫婦における自然妊娠での流産率は10〜15%といわれており、この検査のために受精卵(胚)より割球1〜2個を取り出すことで、胚の生存性は若干低下することは避けられませんが、諸外国での妊娠率は約25%と報告されており、その低下の率はそれ程大きなものではありません。体外受精・胚移植の治療を行っても1回では妊娠に至らない場合もありますし、稀ではありますが、自然妊娠と同様、子宮外妊娠の可能性もあります。
染色体検査はFISH法という方法を用いて検査を行いますが、FISH法の原理的な限界及び胚生検時の割球へのダメージを計算に入れますと、染色体の状態を正確に診断する能力は、1個の受精卵あたり約85%程度となりますが、良好な分割胚が2〜3個あれば、ほぼ満足できる診断が可能となります。
より正しく染色体の状態を把握するために、胚の間期(全体の割球の95%は間期で止まっています)の核ではなく、分裂期の染色体を用いてFISH法を行うことにより、正常と均衡型が区別でき、さらに診断率を上昇させることも可能となります。FISH診断機器や技術の進歩により1個の胚の診断率はさらに上昇し、約90%になることが期待されています。
体外受精・胚移植(あるいは顕微授精法との併用)によって妊娠し、出産に至った出産児における先天異常の発症割合は、自然妊娠による場合と殆ど変わりありません。また、これまで海外において、胚生検を含めたこの診断法に起因すると思われる異常児の出生は報告されておりません。
正確な統計はありませんが、均衡型転座を含む染色体異常に対する着床前診断はこれまでに1000例以上行われており、すでに健常児が多く得られております。[2006年7月現在]
血友病や筋ジストロフィーなどの伴性劣性遺伝は女児には発症しません。男児に発症する重篤な疾患です。このような場合にのみ、XY精子の選別がX連鎖性劣性遺伝の回避のために認められております。
XY精子の選別の方法としては、パーコールをはじめ、電気泳導法、ゼリー、排卵日の膣内のpH、体位などで優位差があるという報告もありますが、そのすべてが科学的には証明されていません。
唯一、XY精子の選別が証明されているものがフロサイトメトリーです。男子の染色体は46XY、女児は46XXとなっています。46本ある染色体の46本目のDNAをみると、XとYとではDNA量に約1〜2%の差が出ます。フロサイトメトリーとは、この1〜2%のDNA量の差をもって区別する方法です。これは、まずDNAを染めるヘキスト染色を行い、それに対してレーザー光線をあて、吸光度の差によってXとYに分ける方法で、アメリカでは数年前から臨床応用がすでに始まっています。[2006年5月現在]
フロサイトメトリーに対する問題点としては、DNAを染色したり、レーザー光線を当てることによりDNAの障害が危惧されている点です。もしこれらの操作によりDNAに障害がおきた場合には、何代にもわたってその異常が子孫に繋がるという可能性があります。私達はこのようなフロサイトメトリーにかわり、赤外分光という体に全く影響のない方法で、XY精子の分離を試みる実験を行っています。現在のところは、まだ臨床応用に至っておりませんが、Y精子とX精子の間には、はっきりとした赤外分光上のスペクトルに差があることが確認できており、近い将来、XY精子の分離が可能になる可能性が高いといえるでしょう。







