極少精子の凍結保存法
無精子症と診断された症例の方の精液に、遠心分離機を用いると、沈殿した細胞の中に1匹、2匹、3匹という極少数の精子を見つけることがあります。この状態はCryptozoospermia(不定型無精子症)と呼ばれ、100人に一人くらいの割合で認められます。また、精巣における造精機能の障害により無精子症となった、非閉塞性無精子症に対しては、Micro-TESEが唯一の治療法であります。この場合、約30~40%で精巣精子が見つかりますが、この精巣精子の動きは弱く、数も少なく、従来の方法での凍結の成功率は、実際のところ30~40%以下であり、10匹以下の場合はほとんどもとに戻りません。
これに対して私たちは、外科的侵襲の高いMicro-TESEを繰り返し行う必要が無くなるように、極少精子の凍結の研究を10年来続けておりましたが、今回、回復率97.8%、生存率87.1%という高い臨床成績を得ることができました。また、このような極少精子に対しては、DNAの損傷が心配だと言われておりましたので、7年間に及ぶ14人のお子様の予後調査を行い、正常妊娠時と全く変わらないことを証明いたしました。これは世界で初めての快挙です。
従来の凍結方法と異なる点
Vitrification(ガラス化法)という新しい凍結法を用います。この方法がヒトに応用されたのは、日本が最初だと言われており、この技術を精子に用いています。手法は、極少精子をCryotop(北里社製)の凍害保護液のなかに入れ、液体窒素の蒸気(-103℃)で3分凍結し、その後液体窒素(-196℃)に凍積し保管する方法です。この際、従来の方法では回収率30~40%以下に対し、我々の開発した方法でほぼ90%という効率を得ることができた理由としては、凍害保護液のなかに従来含まれていたグリセロールを使用せずに、スクロースのみを用いる事で精子の細胞膜へのダメージが低下し、蘇生率が高くなった点が挙げられます。また、細いガラスのピペットの中に少数の精子を吸引し、これを凍害保護液の中に移す際に、以前は、精子を頭部から吸引しておりましたが、この方法では精子がピペットの上方部分まで昇ってしまい、凍害保護液の中に出した際にその回収率が異常に低くなっていました。そこで、精子を尾部より吸うという新しい試みを行いました。技術的には頭部より吸引する方がずっと簡単ですが、尾部より吸引することにより、吸引した精子は全てガラスピペットの先端に残り、全てを凍結することができ、またその生存率はほぼ90%と高くなっております。融解は液体窒素タンクより取りだしたストローを通常の培養液の中にいれるだけで、ほぼ100%精子を回収でき運動性は保存されています。
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表 1. ホルモン値と精巣サイズの比較
分類 | 患者数 | 平均年齢 | 平均ホルモン値 | 精巣サイズ (ml) |
||
---|---|---|---|---|---|---|
LH (mIU/ml) |
FSH (mIU/ml) |
Testosterone (ng/ml) |
||||
凍結射出精子 (VES) |
28 | 33.7 ± 4.9 |
7.75 ±3.77 |
17.98 ±10.05 |
4.30 ±1.91 |
7.46 ±2.50 |
凍結精巣内精子 (VTS) |
20 | 28.4 ± 5.8 |
11.85 ±7.12 |
26.09 ±13.78 |
3.79 ±1.72 |
4.40 ±2.97 |
新鮮射出精子 (FES) |
31 | 34.6 ± 4.8 |
6.10 ±3.20 |
14.46 ±9.11 |
4.78 ±1.87 |
9.62 ±1.61 |
表 2. 各種精子を用いたICSI後の培養成績の比較
分類 | 患者数 | 移植 周期数 |
融解後の 回復率 (%) |
融解後の 生存率 (%) |
受精率 (%) | 平均 移植胚数 (最小–最大) |
平均 凍結胚数 (最小–最大) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
凍結 射出精子 (VES) |
28 | 60 | 97.8 [510/521] |
87.1a [444/510] |
52.7b [224/425] |
1.52 (1-2) |
0.72 (0-1) |
凍結 精巣内精子 (VTS) |
20 | 18 | 92.7 [152/164] |
60.5a’ [92/152] |
37.2b’ [29/78] |
1.73 (1-2) |
0.53 (0-1) |
新鮮 射出精子 (FES) |
31 | 107 | 新鮮精子のため データなし |
新鮮精子のため データなし |
52.2 [302/579] |
1.41 (1-2) |
1.83 (0-4) |
a-a’ and b-b’: p<0.05 (カイ二乗検定)
表 3. 各種精子を用いたICSI後の臨床成績の比較
分類 | 患者数 | 平均年齢 | 移植 周期数 |
妊娠率 (%) |
流産率 (%) |
生産率 (%) |
出生児数 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
夫 | 妻 | |||||||
凍結 射出精子 (VES) |
28 | 33.7 ± 4.9 |
33.7 ± 4.1 |
60 | 15 (25.0) |
2 (13.3) |
13 (21.7) |
14 (DZT*x1) |
凍結 精巣内精子 (VTS) |
20 | 28.4 ± 5.8 |
32.0 ±3.7 |
18 | 3 (16.7) |
0 (0.0) |
3 (16.7) |
3 |
新鮮 射出精子 (FES) |
31 | 34.6 ± 4.8 |
35.8 ± 5.3 |
107 | 26 (24.3) |
5 (19.2) |
20 (18.7) |
21 (DZT*x1) |
* DZT:二卵性双生児
Micro-TESEの極少精子に対する応用
表2のようにMicro-TESEの精子(凍結精巣内精子)の回復率・生存率は、凍結射出精子よりも明らかに低下することが分かっております。すなわち精巣精子は凍結に対し、非常に弱いということが分かります。それゆえ十分な注意を払い少数精子の凍結にあたる必要があります。この技術によりMicro-TESEの少数精子を全て凍結することにより、2回目のMicro-TESEの手術を極力さけることができるようになりました。
患者負担
数が少ない射出精子凍結(Cryotop) : 保険 3,000円(3割負担)、自費(1本)33,000円(税込み)
保険の場合は最初にご夫婦での来院が必要になります。独身の方の凍結は保険適応外です。
Micro-TESEを複数回行うより、精神的、肉体的、経済的に救われることとなります。