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患者様の手記

当院にて治療をされた患者様の手記を掲載しております。皆様のご感想やご質問がございましたら、お寄せ下さい。
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【著者】

早川みどり(ペンネーム:新田綾)

【連載にあたって】

 私は、4度目の体外受精の末、運良く子供を授かることができました。
今振り返ってみると、体外受精を受けていた頃から、早や12年の歳月が流れています。しかし今でも、不妊治療を行っていたのは、つい最近のことのように思われます。
さて今回、こちらのHPにて掲載していただいておりました「雲の向こうに…」に引き続き、不妊治療体験記「いつか伝える日がきたら…」を連載させていただく事になりました。小文は、「雲の向こうに…」連載前に執筆したもので、2005年に「新風舎」より出版されました。セントマザー産婦人科医院様にて斡旋販売もしていただいておりましたが、残念ながら出版社の倒産に伴い、絶版となってしまいました。
「いつか伝える日がきたら…」は、体外受精により生まれた子ども達、またその後、奇跡的に自然妊娠で生まれた子どもに、私達夫婦がどんなに子どもが欲しくて、どのような思いで不妊治療に踏み切ったのか。その治療中や妊娠中の思いや苦悩、また子宮外妊娠により亡くなったけれど、兄弟がもう一人いるという事を、いつか伝えたいと思い、書き綴った記録です。
今思えば、子育ての忙しさの中、不妊治療当時の思いや、子宮外妊娠で亡くなった子どもの事を忘れてしまうんじゃないかという不安に対し、「忘れてはいけない」と自戒の意味、同時に、当時出せなかった感情を文章の中で露呈することにより、終わってない自分の気持ちを整理する意味合いもあったのかもしれません。
当時の事を思い出し、一つ一つ言葉で表現する事は、とても苦しく、心が痛い作業でした。それでもせずにはいられませんでした。自分の心を痛める事で、「不妊治療の辛さや子宮外妊娠で亡くなった子の事を忘れずにいられる。」と思っていたのでしょう。
今回、セントマザー産婦人科医院様のご厚意により、私どもの申し出を快諾していただき、小文の連載が実現しました。この場を借りて、お礼申し上げます。
「いつか伝える日がきたら…」が、不妊で悩んでおられる方々の心に寄り添える手記となれますよう、願いをこめ、セントマザー産婦人科医院様に送らせていただきます。

早川みどり(ペンネーム:新田綾)

雲の向こうに・・・

第1話 出版までの軌跡
第2話 私達は子供を欲しかった
第3話 「子供はまだ?」
第4話 友人・知人のおめでた
第5話 決断
第6話 体外受精
第7話 最後の戦い
第8話 双子
第9話 奇跡
第10話 試練
第11話 消えぬ悲しみ
第12話 夫婦
第13話 かけがえのない経験
第14話 主人の本音
最終話 最後に読者の皆様へ

いつか伝える日がきたら・・・

第1話 子供はまだなの?
第2話 初めての妊娠
第3話 子宮外妊娠
第4話 入院
第5話 子供は産めるの?
第6話 子供が欲しい
第7話 決断
第8話 3回の体外受精
第9話 人生を賭けた4回目
第10話 双子
第11話 夫の支え
第12話 不安な日々
第13話 出産の日
第14話 若葉のころ
第15話 メッセージ
最終話 あとがき

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無精子症治療「0の行方」

【自己紹介】

著者: 小野田 奈津子 (仮名) / 主人: 小野田 和彦 (仮名)

【連載にあたって】

 「精子が見当たりません。」初めて医師から事実を聞かされた時には、思考回路が完全に停止してしまったことを覚えています。「0(ゼロ)の行方」は、1人目を出産後、書き留めずにはいられず、突き動かされるようにして書き上げた原稿です。現在では、2人の子供に恵まれ、なにかと忙しい日々を過ごしておりますが、この原稿を目にする度に、当時のことを思い出さずにはいられません。私達夫婦は、この辛い事実を受け止め、苦しい治療を通して、「思いやり」という大切な宝物を見つけることができました。
この度、不妊治療に悩みながらも、懸命に治療されている方々に読んでいただければと思い、連載をさせて頂くことになりました。微力ながらも、少しでも皆様のお手伝いができればと思っております。

小野田

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