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第17話   俺、受精してん!受精してん!

セントマザー医院で受診してすぐ、旅館へ向かった。かなり古い外観だが、こぢんまりしていて、中はきれいだった。部屋へ案内されると、すでに四十歳前後の女性がいて、携帯電話で話をしていた。予約の時、「相部屋になるけど」と言われていたので、驚かなかったが、やはりこんな風に泊まったことが無いのでドキドキした。
「あなた、セントで体外受精受けるの?」
電話を終えた女性が話し掛けてきた。
「はい。そうです」
「初めて?私、6回目」
自分を指差し、明るくそう言った。彼女の名前は、Oさんと言い、四国から来ていた。その穏やかな人柄に、すっかり引き込まれ、緊張はいつの間にか消えていた。Oさんは、ご主人の精子が少ないので、数年前から体外受精を受け始め、全国のかなりの有名病院を訪れた後、今はセントマザーに決めているそうだ。年齢の事をとても気にしていた。
「友達の子供はもうみんな中高校生なの。でも、私、あきらめられないんだよね」
Oさんは、いろんなことを教えてくれた。医院での採卵と体外受精の手順から、先生への質問の仕方、どの看護師さんが主任で、誰が注射がうまいか、など。そして、この旅館の宿泊客は、ほぼ全員がセントマザー医院で体外受精を受けるために、全国から来ていることも。
「だからね、夜はみんな一つの部屋に集まって、おしゃべりしたりするのよ」
夜、部屋には、いつの間にか7、8人の女性が集まった。Oさんが声を掛けたのだ。
東北から来たUさんは、卵管が二つともふさがっていることが原因で体外受精を受けている。私と同じく、大阪から来たYさんは、ご主人の精子が少ない。大分から来たWさんも、ご主人の精子が少なく、運動率もひどく悪いそうだ。私を含めて、ご主人に原因がある人が大半だった。
「ダンナに原因があるって分かった時は、びっくりしたよ。え?何でって感じ」
「そうそう。主人も落ち込んどったけど、私もショックで、どうしようもなかった」
自分に原因があると分かってからも、ご主人が親に言えず、お姑さんに嫌味を言われ続けたという人もいた。治療に反対され、親には「旅行に行く」と言って出てきた人も。
家族関係だけでなく、夫婦仲だって難しいと、皆言い合った。Oさんは、「私なんか、『あなたと結婚してなかったら、私、今頃子沢山よ』なんて言ったりするよ」と言うので皆驚いたが、もう十年ほど治療を続けていると、ご主人も軽く受け流すのだそうだ。
「うちの主人、無精子症だから、やっぱりショックが大きくて、私も大変だった」
私は、今までのことを話した。
「でもね、男の人もつらいのよ。ホントに、つらいの。悔しいものなのよ。それだけは、分かってやらないといけないの」
Oさんの言葉が、心に残った。雑誌や本で読むより、皆の話には共感するものが多かった。支えてばかりじゃない。喧嘩もする。八つ当たりもする。しかし、やはり、一番理解している。それが、夫婦なのだろうか。私たちは夜がふけてもずっと話し続けた。
採卵から、1日置いて、私は診察室へ呼ばれた。いよいよ、私の卵子と、和彦の後期精子細胞が受精したかどうかが分かるのだ。
「小野田さんね。受精してるから、今日、戻しましょう」
私の顔を確認するなり、田中院長はすんなりと顕微授精の説明を始めた。
「え、ホントに、受精してるんですか?」
院長は、当然、という顔をして、「してますよ」と言い、「ハハハハ」と笑った。
診察室を出るなり、私は和彦に電話した。
「あのね!受精してるって!」
「ホンマ!?ホンマか!?やった!やった!」
和彦の喜びように、私は一瞬圧倒された。
「まだ妊娠したわけじゃないんだから、そんなに喜ばんでよ」
和彦は、重かった肩の荷が、やっと下りたのだった。これでやっと、俺は責任を果たした、と思ったそうだ。さっそく会社の同僚に、「俺、受精してん!」と、報告したら、皆、とても喜んでくれたという。突然肩をつかまれ、「受精してん!」と言われたら、皆驚いただろうな、と、少しおかしかった。
顕微授精を終えると、私は1日安静のため出発を延ばした。翌日、旅館を出て近くの和食屋に立ち寄り、親子丼を食べた。Oさんが、「あそこの和食屋さんで親子丼食べたら、妊娠する(親子になれる)んだって」と言っていたのを、思い出したからだった。
(やるだけやった)
本当に、そう思った。1回目でダメなら、2回目がある。3回目も、4回目だってある。とにかく、受精したのだから、何度でもチャンスはあるのだ。それが嬉しい。泣いて泣いて、泣いてばかりだったが、もう私が振り返ることはない。

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