
無精子症治療
「0の行方」
第2話 精子が見当たらない!?
第3話 0(ゼロ)から生み出す魔法
第4話 何も変わらない
第5話 何で、俺やねんやろ
第7話 睾丸内に精子がいる!?
第9話 子どもがいない国にいきたい
第10話 俺、手術、せん
第11話 あきらめられない
第12話 0(ゼロ)が頭から離れない
第13話 温かい父の厳しい言葉
第14話 逃げているのは私だ
第15話 俺、手術、するわ
第16話 セントマザーとの出会い
第17話 俺、受精してん!受精してん!
最終話 これがお前のパパやで!
産婦人科の待合室で、私は順番を待っていた。初めて訪れる時は、妊娠を確認する時になるだろうとばかり思っていたのに、こんなことになるとは。ここまで来て、決心が揺らぐ。結婚して、3年。秋。私は、不妊外来に来ていた。
最初、夫の和彦は反対した。
「子どもが欲しいて言い出してから、まだ半年やで。病院なんか行かんでええって。気にし過ぎや」
実家の母にも諭された。
「そがんすぐに出来るもんでもなかとよ。もう少し待ってみらんね」
近くに住むお義母さんから孫を催促されたことも1度も無い。それなのに、私が病院を訪れたのには、理由があった。
結婚してすぐ、和彦は子どもを欲しがった。しかし、長崎から1人の知り合いもいない大阪へ嫁いだ私には、まず新しい生活に慣れることが先だった。そして何より、新婚生活を楽しみたかった。だから、待ってもらったのだ。
幼児教室でアルバイトを始め、友達もできた。和彦と2人で流行の店に行ったり、旅行したりと、予定通り新婚生活も楽しんだ。そして、そろそろ子供を持ってもいいかな、と思い始めたのは、結婚して2年半が過ぎた頃だった。
3ヶ月ほど自然に過ごしたが、妊娠しない。基礎体温をつけ始め、薬局で、排卵日検査薬を買った。「今28歳だから、29歳で産みたい」と考えていた私は、もう少しでその計画がズレてしまうことを気にしていたのだ。が、やはり妊娠の兆しは無い。
ふと、不安が芽生えた。
(あれ?避妊を止めたら妊娠するんじゃないの?)
友達に、「子どもが欲しいと思って半年くらいになるんだけど、妊娠しない」と言うと、皆笑った。「まだ半年でしょ」「そのうち出来るって」。私も、逆の立場なら、全く同じことを言っただろう。しかし、私の不安の芽は、たちまち大きく育っていく。
基礎体温表を見ては、あれこれ考えてみる。排卵日に夫婦生活を持っても、妊娠するのは20%程だと聞き、「そうだ、そのうちきっと私も妊娠するはずだ」と、言い聞かせてみるが、心は晴れない。やがて不安は苛立ちへと変わっていった。
(まさか、何かあるんじゃないの?私が妊娠しない、何かが・・・)
そう思い始めると、居ても立ってもいられなくなった。のん気に過ごしてきた二年間が急に私に重くのしかかってきたのだ。私は、後悔と不安な気持ちに背中を押されるようにして、お義姉さんが出産したA病院を紹介してもらい、不妊外来の門を叩いたのだった。
30代半ばの医師は、不妊専門の医師、というよりは、検事か、弁護士が合っているような、スクエアな感じがした。表情も固い。しかしながら、私たちはかなりプライベートな話をしなくてはならない。
「避妊を止めたのはいつか」
「週に何回ほど夫婦生活があるか」
「行為の後、歩き回っていたか」
思い出しながら答えていると、最後に、「体位は」と質問された。「は?タイイ?」医師は、私の方を見ることもなく、「正常位ですね」というと、ペンを置いた。
(そんなことまで話すのか・・・)
少し動揺したが、それよりもっと私を硬直させたのが、あの診察台だ。両足を広げるため、足を置くところが固定されている。恐る恐る台に体を預けると、カーテン越しに、医師が機械を操作しているのがわかる。膝に掛けられたバスタオルを無言のままバサッと剥ぎ取り、どかっと椅子に座る様子が伝わってきた。何か、品物を扱うような感じだ。会話は無い。薄っすら、涙が出てきた。診察が終わるころには、恥ずかしさと悲しみで胸がいっぱいになった。
体の様子を診てもらうので、当然、週に2、3度は通院しなくてはならない。待合室で、妊婦さんの隣に座るのがつらい。私は文庫本を持参することにした。しかし、やはり本の内容はさっぱり頭に入らない。診察室の壁が薄く、上が大きくあいているので、声がそのまま聞こえてくるのだ。
「11週ですね。順調です」
「悪阻がきついんです」
赤ちゃんの心音が聴こえてくることもある。「ドコン。ドコン」機械の雑音にも負けず、聴こえてくるその力強い命の音。胸に響く。たまらなかった。
色々調べてみないと、すぐには分からない、と言われていたが、私は焦りはじめた。
(私は不妊症なんだろうか。もし重症だったらどうしたらいいのだろう)
和彦も、心配していた。
「気にせん方がええって」
バスと電車を乗り継いで、遠いA病院へ通い、毎日基礎体温表を凝視している私のことが理解できないらしい。
卵管造影の検査を受け、両方の卵管が通っていることが確認されると、「タイミング」という方法で、医師から夫婦生活を持つ日を告げられた。
「医者に、『今日です』なんて言われんの、俺、イヤやねんけど」
和彦は、抵抗があったようだが、私は聞く耳をもたなかった。とにかく、一日も早く妊娠したかった。そして不安を拭い去り、「あぁ、良かった。私、不妊症じゃなかったんだ」と、胸をなでおろし、この心の重荷を下ろしたかった。
しかし、2週間後、生理は来た。






