
「雲の向こうに・・・」
第1話 出版までの軌跡
第2話
私達は子供を欲しかった
第3話 「子供はまだ?」
第4話 友人・知人のおめでた
第5話 決断
第6話 体外受精
第7話 最後の戦い
第8話 双子
第9話 奇跡
第10話 試練
第11話 消えぬ悲しみ
第12話 夫婦
第13話 かけがえのない経験
第14話 主人の本音
最終話
最後に 読者の皆様へ
双子の出産後、すぐにもう一人子供ができる。私達は困惑しました。
しかし、せっかく授かった命。生活の大変さは承知の上で精一杯育てていかなければと決意しました。
私達夫婦は心から喜び、無事に生まれてくることを切に願いました。
卵管摘出手術・帝王切開という二度の開腹手術を経験している私は、微々たる可能性ながら、子宮破裂の危険性を主治医から示唆され、今回も帝王切開する事になりました。
手術前日、主人と私は執刀医から手術についての説明を受けました。
開口一番、「今回で三度目の開腹手術は、前回よりもリスクが高くなる事は理解しておいて欲しい」と告げられました。その後の説明では、胃や腸が切開部分に癒着していた場合、それらを傷つけてしまう可能性もあるという事。その為、万が一に備え、外科医も待機しているという説明でした。
私の大きな不安と恐怖をよそに、手術は何事もなく無事終了し、元気な男の子を出産する事ができました。
出産後まもなく、私に大きな試練が待ち受けていました。
退院直後の検診で、子宮内に異物が発見されました。急遽入院となり、子宮内容除去手術を受ける事になりましたが、異物は全て取りきれなかった様です。「悪性の腫瘍」の疑いも拭えない為、急遽MRI検査も受けました。結果、「異物は何らかの組織が壊死した物」と判明しました。
その後、卵巣浮腫の肥大化により、卵巣摘出手術も受けました。術中の「迅速診断」で悪性の可能性は否定されました。しかしその後の病理検査の結果、「現時点では、摘出した卵巣は良性とも悪性とも言えない。境界悪性の疑いもある。さらに詳しい検査が必要だ」と告げられました。
「癌」という文字が脳裏に浮かび、一人になる度不安と恐怖で涙を流していました。
ひとしきり涙を流した後は「死ぬわけにはいかない!絶対元気になるんだ!」と自分に強く言い聞かせていました。
検査結果が出るまでの一ヶ月間、癌への不安と恐怖に怯えながらその時を待ちました。結果は幸いにも「良性」と分かり、一ヶ月間の苦悩の日々から解放され、やっと安堵するに至りました。
又、それらの病気とは別に新たな問題が発生しました。
実家から、兄が脳内出血により危篤状態との連絡がありました。
開頭手術後は二十四時間付き添いが必要という事で、兄は独身の為、母と私が交代で付き添う事になりました。
三人の小さな子供を抱えての病人の看病は想像を絶する大変さでした。
睡眠を殆どとる事ができない状態で、一週間の睡眠時間は十時間にも満たない状態でした。
精神的にも肉体的にも限界に達し、気力のみで日々を過ごしていました。
幸いにも兄は奇跡的な速さで回復し、現在は後遺症もなく元気に過ごせるようになりました。
今思うと、当時は本当に大変でした。しかし、現在に至るまで、不妊治療していたあの頃ほど辛く追い詰められた時期はなかったと思います。子供ができずに悩んでいた時代に立ち返る事で、自分自身を奮い立たせ、冷静な自分を取り戻しつつ、未熟ながらも懸命に一喜一憂しながら一歩ずつ歩んできました。
不妊治療中、子供ができなくて、人を羨み妬みました。自分自身の心の弱さや汚さをまざまざと見つける度、罪悪感に苦しみました。人からの何気ない言葉に幾度も傷ついてきました。
当時から幾年もの年月が流れましたが、今でも鮮明に思い出され、切なさで心が痛みます。
当時の胸中を思う度当時の苦しみが蘇り、涙がこみ上げてきます。
そんな自分を顧みると、今更ながら不妊治療がどんなに辛く苦しいものだったか。そして私の人生の中でいかに大きな試練だったか、改めて痛感します。






