
「雲の向こうに・・・」
第1話 出版までの軌跡
第2話
私達は子供を欲しかった
第3話 「子供はまだ?」
第4話 友人・知人のおめでた
第5話 決断
第6話 体外受精
第7話 最後の戦い
第8話 双子
第9話 奇跡
第10話 試練
第11話 消えぬ悲しみ
第12話 夫婦
第13話 かけがえのない経験
第14話 主人の本音
最終話
最後に 読者の皆様へ
子供を持つという大いなる夢は、「双子の妊娠」という想像だにしていなかった現実となりました。
自然の妊娠を望めない私にとって、この事は本当に嬉しい事でしたが、出産・育児についての戸惑いと不安は正直隠せませんでした。
しかし、やっと授かったからには、「大変だと思うけれど精一杯やらなければ」と心に決めました。
帝王切開の手術直後、二人の子供は未熟児の為手術室からバタバタと運び出され、保育器へ入れられました。
私は術後動けるようになるとすぐ、お腹の創の痛みを耐えながら保育器まで必死に歩いていきました。
看護師さんには、「保育器まで行くのは歩行を少しずつ慣らしてから」と言われていましたが、やっと出会えたわが子に会いたい気持ちを抑える事ができませんでした。
保育器の中の子供達はとても小さく、ほとんど骨と皮だけで、触れただけで壊れてしまいそうなくらい繊細で弱々しく見えました。おっぱいを吸う力もなく、ほんの少しミルクを飲んだら寝てしまう状態のため、授乳は昼夜を問わず一時間半毎に行わなければなりませんでした。
「点滴を打っていれば生きてはいけるけれど、ミルクをちゃんと飲まないと大きくなれない」と言われ、体力不足ですぐ寝てしまう子供達を無理やり起こしながら授乳していました。
周りの子供達の元気な泣き声、可愛らしく太っている様子等、とても羨ましく感じました。それに対峙して、泣く元気もないわが子の貧弱さが心配でたまりませんでした。
二人のとても小さな手の甲に点滴がつけられた姿はとても痛々しく、可哀想で仕方ありませんでした。もし、もっと大きくなるまでお腹の中で育てられたら、こんな痛い思いをさせずにすんだのにと、二人の姿を見るたび胸が痛みました。
子供は2300グラムに達しないと退院できない旨を先生から伝えられていました。一緒にいたいけれど、私は産後の回復により一足先に退院する事になりました。
私自身の長かった入院生活は終わりましたが、退院の翌日から、自宅で搾乳した凍結乳を毎日病院へと運び、授乳をしては帰る毎日となりました。
当時、長期に渡る入院生活と術後という事で極端に体力が落ちていました。常に疲労が溜まった状態で電車に乗り毎日通院する事は容易な事ではありませんでした。
しかし、今思い返せば、「子供に会いたい」という強い思いが私の体を自然と病院へと突き動かしていたように思います。
出生から一ヶ月に渡る入院生活の後、子供達はやっと自宅へ帰る日を迎える事ができました。
退院時の二人の体重はようやく2300グラムを超えた程しかなく、退院時に着せようと事前に用意していた市販の一番小さなベビー服もオムツもブカブカの状態でした。その様子が余計に弱々しく見え、今後の二人の成長について不安な思いが心を横切りました。
病院から自宅へ帰った頃には授乳時間となり、一息入れる間もなく我が家での育児がスタートし、また新たな戦いが始まった事を痛感した一日となりました。
我が家での育児が始まるとすぐ、「この二人の小さなわが子を大きく成長させなければならない」という気持ちで頭の中はいっぱいでした。
毎日が不安だらけで、子供達が寝入ってからも、子供達がちゃんと息をしているのか心配になり、呼吸を確認してやっと安堵するという日々でした。
育児雑誌や育児マニュアル本を開く心の余裕もなく、育児の予備知識も殆どない中、その時その時の子供の様子や泣き声等、それらから発せられる情報を全身全霊で受け止めようと必死でした。
退院後数ヶ月経ち、体重の増加とともに飲む量も少しずつ増え、授乳の間隔も少しずつ空けられるようになりました。
若干気が抜けるようにはなったものの、昼間一人が起きているともう一人が寝て、夜一人が寝るともう一人が起きているという状態が何ヶ月も続きました。
私は極度の睡眠不足の為、自分でも起きているのか夢を見ているのか分からない・・。そのような状況でした。
横になって休んだり、座って食事したりする時間もなかなか取れず、私の疲労は常に限界に達していました。
最初の頃は多少なりとも出ていた母乳も、疲労と睡眠不足で殆ど出なくなりました。
そのような過酷な状況の下、「大変だ」とか「つらい」とか考える余裕はありませんでした。
今振り返ると、当時心や体に疲労を感じた時無意識に私を支えたもの・・。
それは、「子供がなかなかできなくて悩み苦しんでいた頃」や「亡くなった子供を想い涙した日々」だったと思います。
どんなに寝不足でもどんなに疲労が溜まっても、それらは私をしっかり支えてくれていたのだと確信しています。
夜中、夜泣きする子供をなだめながら、「子供がこのままできなかったら・・」と不安に駆られ眠れなかった夜をよく思い出しました。
座る事もできない二人の子供のお風呂、山のような洗濯物や離乳食作り、重い双子用ベビーカーを押しての外出・買い物、一時たりとも目を離せない二人の安全確保・・。
主人はできる限り手伝ってくれましたが、今思い返せば本当に大変でした。しかし、疲労でぼんやりとした頭の中で苦しく悲しかった日々の事を思い返すと、不思議と体から新たなエネルギーが湧き上がっていたように思います。






