
「雲の向こうに・・・」
第1話 出版までの軌跡
第2話
私達は子供を欲しかった
第3話 「子供はまだ?」
第4話 友人・知人のおめでた
第5話 決断
第6話 体外受精
第7話 最後の戦い
第8話 双子
第9話 奇跡
第10話 試練
第11話 消えぬ悲しみ
第12話 夫婦
第13話 かけがえのない経験
第14話 主人の本音
最終話
最後に 読者の皆様へ
「実はね、私妊娠したの」
この言葉は何の前触れもなく、いつも突然やってきます。
子宮外妊娠以降この言葉を聞くと、私の心は祝福の気持ちから羨ましい気持ちへと大きく傾きました。
その時心の中を大きく占めていたものは、「何故私は妊娠できないのだろう。早く妊娠したい」という強い思いでした。
祝福したい気持ちは確かにありました。しかし、羨望の感情ばかりが先行し、どうしても「おめでとう」の一言が言えませんでした。
友人の洋服が徐々にマタニティへと様変わりしていくにつれ、いつの間にか距離を感じ寂しさを覚え始めました。そして「羨ましい」気持ちがこみ上げ、更にその羨ましさはますますエスカレートして妬みへと変わっていきました。
友人がつわりで苦しんでいる姿を見ても、冷めた目で見る事しかできませんでした。
「つわりが辛い?
妊娠しているだけで、何かと言えば周りにちやほやされて。
悲劇のヒロインにでもなったつもり?
子供ができない苦しみの方が何百倍も絶対辛いのよ!
そんなあなたに子供ができない苦しみなんて、どうせ分からないでしょうね!」
そんな妬みを抱きながらも、友人の体を気遣う振りをする自分に嫌気が差すようになりました。
そして友人と会う事も億劫となり、私に気を使っている様子にさえ、煩わしさを覚えるようになりました。
その様な精神状態で、いい人の仮面をかぶることに疲れた私は、妊娠した友人へ連絡することを避け、必然的に疎遠になっていきました。
後日、その友人が出産した事を耳にしました。その途端、心の奥底に押し込めていた黒い感情が溢れ始めました。
人前ではその感情を無理やり押さえ込み、笑顔で明るく振舞っていました。しかし自宅に戻り主人と二人だけになると、私は泣きながら訴えました。
「何故私には子供ができないの!」
主人はただ黙っているだけでした。
もちろん、主人が答えられない事は重々承知していました。
しかし、あの時の私には、主人に感情をぶつける他なす術がなかったのです。
ひとしきり泣いた後、自分の心の弱さや汚さを痛感し、自己嫌悪に陥る・・。それが私の常でした。
その頃の私は、可愛らしいベビー服やグッズなどが視界に入らないよう、それらの店には近寄りませんでした。仕方なくデパートのベビー用フロアを通る時も少しうつむき加減で足早に通り過ぎていました。
その様な生活の中、「出産祝い」もあれこれ探すことはせず、商品券か金銭で済ます様にしていました。
それ以前の私は、「出産祝い」を選ぶために店へと足を運ぶことが何よりも楽しみでした。
無事出産したと聞けば、週末にはお祝いの品を選ぶため、いそいそとデパートへ出かけていました。
赤ちゃんの物はどれも可愛らしく、一つ一つ手に取り、「かわいい!」と連発しながら選んでいたものです。いつかわが子のために買える日を夢見ながら・・・。
不妊の苦悩を抱え周囲に心を閉ざしていた私にも、心から受け入れる事ができた友人が一人だけいました。
彼女は非常にさばさばした性格で、楽天的な人です。彼女と話していると、いつの間にか心の重みが軽くなる不思議な女性でした。
やがて彼女は妊娠しました。
彼女は、私が不妊で悩んでいる事を知っていましたが、同情の気持ちは微塵も感じられず、他の人に見受けられる妙な気遣いも全くありませんでした。
彼女はいつも私に対し、楽観的に軽く、何の根拠もなく、こう言ってくれていました。
「大丈夫、綾ちゃん。子供はできるよ。何かそう思うんだもん」
彼女の言葉は純粋で何の疑いも感じられませんでした。私の心に素直に響き、誰の言葉より励まされ勇気づけられました。
子宮外妊娠での卵管摘出手術後の入院中、彼女は大きなお腹を抱えてやってきました。
ドアの隙間からにゅっと顔を覗かせ、
「綾ちゃん大丈夫?」と声をかけてきました。
その後は彼女といつも通りの調子で話し、穏やかな時間を過ごしました。
彼女は何も言いませんでしたが、どんなに心配してくれているか、病床の乾いた私の心にも届きました。
妊婦なんか見たくもないと思っていたのですが、何故か彼女のお見舞いだけは本当に嬉しく感じました。
私の不妊治療中、彼女は出産を迎えました。
赤ちゃんを無事出産したという知らせを受け、私は我が事のようにうれしく、涙が溢れました。
人の幸せを妬むことしかできなかった私・・。
赤ちゃんの声を聞くと心が騒ぎ耳を塞ぎたくなるけれど、その友人の赤ちゃんの声だけは愛おしいと感じる事ができる。
無事産まれて良かったと心から祝福できる。
当時の私は、弱くて汚い心を持った自分を嫌い責め続けていました。
しかし、この時だけはちょっぴり、自分を愛おしく感じる事ができました。
「私にも優しい心のかけらが残っていたんだ・・・」
私にとって大きな驚きであり、何よりも嬉しかった事でした。






