高知県に住んでおります竹内と申します。妻、長男、次男の四人家族です。私が脊椎損傷になったのは、26歳のときの交通事故によるものです。
どうしても子供が欲しかった私たち夫婦は、県内の病院を回って色々な治療をし、評判を聞いては東京や徳島まで通いましたが、希望さえ見えない状態が3年間続きました。
家内や両親は、世間には子供のいない夫婦もたくさんいるからと半分諦めかけていました。しかし、私はどうしても子供を諦めることが出来ませんでした。私たち夫婦が年をとって、友達や道行く家族連れを見て、「自分たちも子供が欲しかった」と肩を落とすような後悔はしたくないという気持ちが強かったからです。たとえ結果は同じであったとしても、「なぜもっと頑張って治療をしなかったのか」と自分を責める気持ちよりも、「あんなに頑張ったんだから」という前向きな気持ちを持ちたいと思っていました。
そんなとき、当時通っていた病院で、セントマザー産婦人科病院の噂を聞き、田中先生と運命的出会いをしたのです。
田中先生とお話したとき、「子供が欲しいご夫婦の気持ちは痛いほどよくわかります。必ず出来ます。」とおっしゃって下さいました。そのお言葉が私たち夫婦の希望の光であり、治療への励みになったことを覚えております。
私たち夫婦は、田中先生のお考えに一筋の希望を感じ、治療を実施することを決断しました。
3年間という長く苦しい歳月を歩んできた私たち夫婦も、幸いにして治療開始から半年で長男を授かることが出来ました。人間とはおかしいもので、長男が誕生すると、もうひとり子供が欲しいと夫婦で話すようになりました。そして、長男が誕生して1年後に再度治療を受けることを希望し、治療開始から半年後に次男を授かることができました。今やその子供たちも大きくなり、水泳や空手、少年野球や少年サッカーとヤンチャながらも元気に育っております。
これまでに脊髄損傷でも子供が欲しいというご夫婦に、セントマザー産婦人科病院を紹介し、子供を授かったご夫婦が何組かいらっしゃいます。脊髄損傷で不妊治療を希望されている方、治療に関して悩んでおられる方、私たちにご相談ください。できる限りお力になりたいと考えております。皆さん、辛く長い道のりですが、継続は力なりという言葉があるように、どうか諦めないでください。必ず希望の光が見えてくると私たち夫婦は感じ、信じております。







