
2004年セミナー
子宮外妊娠・2度の死産・流産を乗り越え、26回目の戻しで無事出産(九州地方)*
無精子症を乗り越えて後期精子細胞で妊娠・出産 [ 奥様より ](東北地方)*
無精子症を乗り越えて後期精子細胞で妊娠・出産 [ 旦那より ](東北地方)*
結婚後1年ほどして子宮内膜症の手術を受けたのですが、その時の検査で、私の卵管が通っていないことがわかりました。また、主人の精子にも問題があることがわかり「自然妊娠はほとんど無理」だと言われました。治療を始めても、なかなか受精に至らず、戻すこともできなくて、とうとう「主人の精子では難しい」と宣告されてショックでした。そんな時、同じアパートに住む方から「私が通っている病院に変わってみたら?」とすすめられ、田中先生の著書を渡されたのです。本を読んで、ここの病院だったら私も子供が産めるかもしれないと思い、通うことに決めました。そして顕微授精を受け、26回目の戻しで無事出産することができました。
【ご主人の精子の動きについて】
自己紹介でもお話しましたように、主人の精子の動きが悪く、自然妊娠は無理だといわれた時は私も主人もショックを受けました。とてもつらかったです。でも病院を変え、田中先生から「大丈夫!お母さんになれるよ」と言葉をかけていただいてからは、頑張って治療に専念しようという前向きの気持ちになれました。主人も同様で、セントマザーでは精神的に楽な気持ちで治療が受けられたようです。
【いい卵ができなかったことについて】
確かに治療の回数や年数を重ねるごとに卵の質や数も悪くなってきましたが、そんなに不安ではありませんでした。なぜかといえばセントマザーに通い始めてからずっと漢方薬を飲んでいましたし、先生方も常に一番よい状態を考えた治療をしてくださっているという安心感や信頼感があったからだと思います。無事出産できた今になってみると、そういったことが本当にいい結果につながったのだなと確信しています。
【着床について】
なかなか着床しないことに対しては「今回がダメでも次がある」と前向きな気持ちでとらえ、あまり深刻に考えないように心がけていました。そんな私自身の気持ちをはじめ、主人や先生方など周囲の方たちの励ましがあって、26回もの治療に耐えられたのだと思います。
【カウンセリングについて】
私の場合、妊娠しにくいだけでなく、妊娠に至っても産むことができなかったため、周囲から色々なことを言われました。死産した時に、親類に私の体が悪いような言い方をされたときは本当に悲しい思いをしました。赤ちゃんを産めない私にとっては、とても辛い言葉だったのです。主人に言うこともできず、一人で泣いて過ごしたことを今でも覚えています。そんな時、この治療の大変さや難しさを理解してくださる先生方にカウンセリングをしてもらえていたら、自分を追い込むこともなかったのではないかと思います。
【子宮外妊娠・2度の死産・流産について】
初めて妊娠した時は死産でした。2度目は子宮外妊娠、3度目は「これ以上、赤ちゃんは育たない」といわれ、諦めることになりました。さすがにその時は私も精神的に不安定になったのですが、先生が手をぎゅっと握ってくださったことを今も覚えています。以来、「先生と一緒に戦うんだ」という気持ちに変わっていったような気がします。
【子宮外妊娠・2度の死産・流産時の体験談】
やっとの思いで妊娠したのに途中で赤ちゃんを失うことは、私にとって本当につらい出来事でした。特に死産の時は立ち直りに時間がかかりました。でも精神的に少し不安定でも、気持ちが動揺していても、治療を続けることをやめようとは一度も思いませんでした。それは「赤ちゃんが欲しい」という気持ちを持ち続けていたことと、先生から励ましや勇気をもらうことができたからだと思います。治療を続けることで悲しみを乗り越えてきたような気がします。あの時、つらいから、悲しいからといって治療をやめていたら今の私はなかったし、時が経っても悲しみを引きずったままだったのではないでしょうか。ようやく授かった子供を抱きしめながら、頑張ってよかったと今では心からそう思います。
結婚が遅かったため、もし私に問題があって子供ができなかったら主人に申し訳ないと思い、ある産婦人科病院で診察を受けました。「別に異常はない」といわれて安心したのですが、やはり心配で、また別の病院で診てもらったのです。医師から「子宮筋腫があるが、さほど問題になるほどではない。しかしご主人も検査を受けたほうがよい」と言われました。そこで夫婦一緒に診てもらえるところを調べ、セントマザーの門をくぐりました。検査の結果、「子宮筋腫の位置が悪く、自然妊娠は100%無理」とのことでした。その後、手術やさまざまな治療を踏み、ようやく昨年7月に双子の赤ちゃんに恵まれることができました。
【子宮筋腫について】
子宮筋腫をとらなければ100%妊娠は無理と診断されましたので、すぐその場で手術を受けることを決めました。それまでは生理のたびに発熱し、寝込むことが多かったのですが、術後は生理も嘘のように軽くなり、快適な毎日でした。私は子宮筋腫をとりさえすれば赤ちゃんができると思い込んでいましたので、当時は不妊治療の必要性はまったく感じていなかったというのが正直な気持ちです。術後は自然にまかせていたのですが、妊娠する兆候もなく、不安に思った私は、そこで初めて田中先生の著書を読み、あらためて不妊の原因や問題、そして治療の大切さを知ったのです。おかげさまで希望を持ちながら、頑張ることができました。
【腹腔鏡検査について】
検査に関してはまったく不安は感じませんでした。以前、他の病院で卵管造影を受けたときは激しい痛みと多量の出血があったのですが、セントマザーでの卵管造影は出血は極めて少なく、痛みもほとんど感じませんでした。そんな経緯もあって「この病院なら!」と安心して腹腔鏡検査を受けることができました。振り返ってみても、検査後の痛みや後遺症はなかったと思います。抜糸の方が痛かったぐらいの記憶しかありません。
【カウセリングについて】
子宮筋腫の手術に続く不妊治療、妊娠がわかると双子出産のリスクは高いと言われるたびに、大きなショックを受けました。できれば治療の前に、このような話を聞いていたらよかったと思います。またタイミング法から人工授精、体外受精へと移っていったのですが、私としては単に時間を費やしただけなのか、そうではないのか、結果としてどの治療がよかったのかなどトータルでの説明が欲しかったです。一度流産しましたが、そのときのショックはひどく、1年半もの間、病院へ行くことができないほどでした。そんなときにうまくフォローしてもらえるカウンセリング体制を整えていただきたいと願います。
【高齢出産について】
おそらく多くの方がそうであるように、私も結婚後すぐに子供に恵まれると信じていましたので、自分に子供ができないと認識するまでに時間がかかりました。35歳で子宮筋腫の手術を受けてから、主人といろいろなことを話し合い、「後悔しないように、自分たちでできることは何でもチャレンジしよう」と決めました。ずいぶん時間はかかりましたが、双子の赤ちゃんを授かることができて、「あの時、あきらめなくてよかった」と心から思っています。
【子宮頚管無力症について】
「麻酔をしても痛みを感じることがあります」という説明だったので、シロッカー手術はとっても不安でした。でもとにかく妊娠した子供を無事出産したいという思いが強かったので、先生方にすべてをおまかせして手術に臨みました。しかし「案ずるより生むが易し」ですね。想像とはまったく異なって痛みも吐き気もなく、楽しい入院生活を送らせていただきました。
【多胎出産について】
高齢妊娠だったので双子と分かった時は嬉しさでいっぱいでした。先生から「子宮筋腫の手術をしているので双子の出産はリスクが高くなる」といわれたのですが、どうしても産みたいと伝えました。先生は私の気持ちを尊重してくださいました。私には忘れられない一言があります。それは、「あなたにとって双子を産むのも、双子を一人にするのも相当の覚悟が必要です。この覚悟ができているなら、これから先に何があっても前に進むことができるでしょう。後悔することがないように頑張りなさい」という先生の言葉です。先生には大変な心配やご迷惑をかけたと思いますが、あの言葉のおかげで今の幸せが得られたと信じています。育児は大変ですが、子供たちの日々成長する姿に、先生に出会えた喜びをひしひしと感じます。
このたび、結婚16年目にして子供を授かることができました。なかなか子供に恵まれず、いろいろな病院に行ってみたのですが、どこに行っても「無精子症なので無理です」という一言が返ってくるばかりです。それでも諦めきれないでいたところ、ふと目にしたのが、田中先生の著書でした。「もしかしたら」というかすかな希望を持ってセントマザーを訪ねました。検査で後期精子細胞が見つかり、顕微授精を行うことになりました。途中で子宮外妊娠や流産もありましたが、15回目の戻しで妊娠し、男の子を出産することができました。
【無精子症の診断について】
最初に診断されたときは信じることができず、なかなかその事実を受け入れることができませんでした。主人も同じ気持ちだったようで、検査結果に納得できずにいました。しかし、田中先生のお話を聞いて「この病院でなら子供が授かるかもしれない」と思って治療に踏み切ったようです。後期精子細胞があるとわかった時は、とても嬉しそうでした。子供を授かった今、本当に諦めないでよかったと思っています。
【排卵誘発剤について】
私は排卵誘発剤を使うとおなかが張ったり、尿が多くなったりして辛い思いをしました。卵の数はたくさんとれましたが、質がそれほどよくなくて最初は不安でした。その後、卵を長期培養したり、排卵誘発剤を変えるなどの対処をしていただきました。
【アンタゴニストについて】
卵の数の割には質がよくなかったため、新しい排卵誘発剤であるアンタゴニストを使うことに関しては不安よりも期待感のほうが大きかったように思います。失敗を繰り返してきた年数を考えると、アンタゴニストで絶対いい卵ができて欲しいと願いました。安全性についてはまったく心配しませんでした。
【戻し時について】
なかなか卵がうまく入らず、緊張からついおなかに力が入ったり、担当の先生が変わったりと大変でした。また卵管の中へ戻すこともしてみました。今思えば、妊娠できた時の戻しは、とってもスムーズに終わったような気がします。
【凍結卵戻しについて】
私の場合は普通の採卵で20個、多い時は30個とたくさん卵がとれるので、採卵後はいつも点滴をしていました。おなかも4、5日は痛かったです。最終的には通常の戻しで妊娠・出産に至ったのですが、凍結卵戻しの時は点滴も受けず腹痛もなかったので、戻す前も途中も戻した後もとても楽だったような気がします。そういった精神的・肉体的にも楽な気持ちでいれば、妊娠につながるのではないかと思います。
【羊水検査について】
ようやく授かった子供ですので少しのリスクも負いたくなかったし、地元病院の先生の「大丈夫!」という言葉にも勇気付けられました。今思えば、産みたいという気持ちが、どんな心配や不安にも勝っていたということでしょうか。
【遠隔治療について】
副作用の発生には多少の不安はありましたが、セントマザーと地元の病院とのコミュニケーションが十分に取れていたので、安心して治療を受けることができたという実感があります。遠方から病院へ通っていた頃、一度運悪く台風の日にぶつかることがありましたので、治療よりも移動の方が心配でした。九州に親類がいるので宿泊には苦労しませんでしたが、近くにディリーマンションがあるという情報をいただいたので、2人目の時はそこを利用してみようかなと思っています。
妻が申し上げましたように、結婚16年目にしてようやく長男を授かることができました。あちこちの病院で子供は無理といわれていたのですが、どうしても納得できず、セントマザーで治療を受けようと決心しました。私たちと同じように不妊で悩まれておられる多くの皆様、また無精子症で諦めかけておられる男性の方々の参考になればと思っています。
【無精子症について】
3ヶ所の病院で検査を受けました。そのたびに無精子症と診断されたのですが、どうしても検査結果に納得できませんでした。「なぜ自分が」と悩んだり、落ち込んだりしている時に、田中先生が書かれた本を目にし、セントマザーに相談することを決めたのです。
【後期精子細胞検査について】
検査の結果、まだ希望が持てることがわかったので、後期精子細胞の治療の決断には時間がかかりませんでした。いつまでも迷っているより、治療が可能ならチャレンジしよう。そのためなら仕事を変えてでも治療を優先しようと思ったほどです。後期精子細胞を使った治療は世界でも報告例が少なく、安全性が確立されているわけではないので保証はできないとも言われましたが、この治療に賭けてみようと決心しました。治療の途中で妻が子宮外妊娠と流産を経験していたため、今回の妊娠も素直に喜べなかったのですが、無事に出産できて、子供が成長する様子に触れるうちに喜びが増しています。
【精巣を2回も切る手術について】
1回目は出産には至りませんでしたが、妊娠することができましたので、いずれは子供に恵まれるかもしれないと期待がふくらみました。ですから、2回目は迷わず手術を受けることができました。
【AIDという治療の選択について】
これといった根拠があるわけではないのですが、何となく子供ができるような気がしていたのでAIDは考えませんでした。日進月歩で医療技術は進んでいます。何度も「諦めてください」と言われた私たち夫婦も子供を授かることができました。子供ができないと悩んでおられる皆様も、希望を捨てないでがんばってください。
私は結婚後すぐに自然妊娠したのですが、胎児の心拍を確認することなく流産してしまいました。周囲からは「一度妊娠したからすぐにできるよ」と慰められたりしましたが、2年たっても3年たっても妊娠せず、知人が通院していたセントマザーに行くことを決心したのです。子供を授かったのは通院5年目です。途中何度も治療をやめようかと悩みました。でも田中先生の「まだあきらめるのは早い。頑張りなさい」という励ましの言葉や、夫婦の話し合いもあって、40歳までは何とか続けてみようと思い直しました。38歳後半で妊娠したものの切迫流産という悲しいこともありましたが、39歳でようやく出産することができたのです。現在は6ヶ月になる男の子の子育てに四苦八苦しながらも、とても幸せで充実した毎日を送っています。
【通水治療・卵管造影検査について】
卵管造影の結果、左の卵管が詰まっていることがわかりました。そのため通水治療を受けるようになったのです。周囲からは「通水治療って立てないくらい痛いそうね。もう二度と経験したくないって言う人も多いらしい」と聞いていたのですが、私にとってはそれほどつらい治療ではありませんでした。それより卵管造影で不妊の原因のひとつがわかったことのほうが、ずっと重要だったと思っています。
【腹腔鏡検査について】
約6回人工授精を受けましたが妊娠には至らなかったので、私のほうから先生に相談し、腹腔鏡検査を受けることにしました。田中先生の著書に腹腔鏡検査のことが詳しく述べられていたので、不安などはありませんでした。それより、どこが悪いのか、どこに不妊の原因があるのかを発見していただくことのほうが私にはだいじなことでした。検査結果は「子宮のカタチもいいし、癒着もない。このまま治療を頑張れば妊娠できるよ」とのことだったので、治療を続ける希望が持てました。それから3回人工授精を行いましたが妊娠しなかったため、体外受精に踏み切りました。
【長期培養について】
正直、体外受精の回数が多くなるにつれて自信がもてなくなったことは事実です。順調に卵割していても子宮内膜が薄いと戻すことができませんし、とれた卵の質も毎回違うので、とても不安でした。でも長期培養することで、子宮内膜が薄くてもたくさんの方が妊娠されていると聞き、私もこの方法で何とか妊娠したいと願っていました。その思いがかなって本当にうれしいです。
【カウセリングについて】
周囲から「赤ちゃんはまだできないの?」といわれ、どこか体に悪いところがあるのだろうかとドキドキしながらセントマザーの門を叩いたのですが、初診で受けたカウンセリングで心がホッと癒されました。でも治療が進むうちに、知人が1回目の体外受精で妊娠したなどという話を聞くと、顔ではよかったねといいながらも、心の奥では不安になり、自分の体にますます自信がなくなりました。そんな時、2度院長先生にカウンセリングを受けましたが、治療経過や体の状態を熟知されている先生は、「まだまだ頑張れる。多くの卵が取れているし、決して悪い状態ではない。あきらめないで!」と励ましてくださいました。不安な気持ちや話を聞いてもらえるということは、自分に寄り添ってもらえることですし、次のステップに踏み出す後押しをしてもらえることだと思います。
【羊水検査について】
羊水検査については2つのことが気になったので、主人とずいぶん話し合いました。まずひとつは検査によって流産や破水したりすることもあるということです。私は以前切迫流産しているので心配でしたが、田中先生から「私たちの技術を信じなさい」といわれて納得しました。2つ目は、もし異常が見つかった場合はおなかの子供にどう対処すればいいのだろう、私の気持ちも悲観的になってしまうのでは・・などいろいろと悩みました。でも、万一そんなことになっても夫婦でしっかりと受け止めるのが親の務めと思い直し、羊水検査を受けることを決心したのです。
【高齢出産・帝王切開手術について】
出産予定日を過ぎても陣痛がこないため、20日遅れて帝王切開することになりました。先生方の判断を信頼しておりましたし、早く赤ちゃんの顔を見たかったので不安などはまったくなかったです。手術中も先生からひんぱんに声をかけていただきましたし、たくさんの方に見守られて出産することができて幸せでした。手術中、出血がひどくて貧血状態になったのですが、私や家族に十分な説明がなされたので、何の心配もありませんでした。






